第276回
ようやく亜米利加出張から帰ってきたと思ったら、ろくでもない話が満載の昨今なのである。梅雨に入ってしまったのはよしとしよう。高校生が爆発物を教室に投げ込むのも、まあいいんじゃないか。しかし川越東高校のOB写真展不認可問題と、アップルのIntel社製プロセッサ採用はどうにも腹に据えかねる。9日ぶりの休みだというのに頭の中はフル活動だ。そこで今回は亜米利加の話は見送り、この2点について意見を述べてみたい。 まず、川越東高校のOB写真展不認可問題から。われわれOB有志はかねてより写真部の歴史を総括するための写真展を企画してきた(本コラム第274回参照)。今秋の文化祭において20年の歴史を振り返り、ひいては写真部再興へのきっかけとなればと思ってきたのであるが、この会場として川越東高校は場所を提供することを拒否したのである。伝聞なので正確な物言いは不知だが、曰く「現役生をOBが手伝うのならともかく、OB単独での企画を認めるわけにはいかない」というのが趣旨のようである。まあ全く予想できないことでもなかったのだが、現実にこれを眼前に突きつけられるとあらためて現執行部の度量の狭さが透けて見える。確かに父兄や中学生が大勢見に来る文化祭にあって「部活がつぶれた」だの「文化部の再興を」だの叫ばれるのは「営業妨害」にすぎないのかもしれない。私学は人気商売だ。多くの生徒が第二志望、第三志望として入学してくる現実を何とか改め、自校自体を第一志望としたい。東大にも京大にもガンガン合格者を輩出し、その辺の高校とは格が違うことを見せつけたい……そのためには一人でも多くの素質ある生徒を受け入れたい。そういう意図は理解できる。一時は節操なく生徒を受け入れたためにプレハブまで建てて生徒を押し込んできた学校である。過去の伝統も格式も、他校に誇れる部活動(運動部も含む)もない中、あの学校が時間のかかる「文化の醸成」に力を入れないのは当然と言えば当然であろう。 これに対する反論も、すでに言い尽くした感がある。自ら学是としてきた文武両道という言葉に対する責任をどう果たすのか。また、生徒会規約の不十分さも俺は追及してきた。これらを踏まえたうえで写真部OBによる写真展を認めないということは、畢竟われわれ写真部OBはお役ご免ということなのではないか。われわれがどこまであの学校に役立ったかは不知だが、恥や損失を与えたことはないと断言できる。多くの写真展で賞状を積み重ね、生徒会誌や卒業アルバムの制作にも貢献してきた。近隣の高校写真部からは一目おかれてきたし、M沢氏や俺は乞われて写真の講師を務めたこともある。そうしたOBたちに文化祭の敷居を跨がせないことを是とする執行部におもねる気を、俺はいよいよなくしつつある。こういう事を言ったり書いたりするから嫌われるのだろうが、写真部を含め、母校を訪れるよすがをなくした文化部OBの総意はこのようなものであるに違いない。恩を売ったつもりもないが、あまりにも不義理なご託宣ではないか。もし野球部が甲子園に行こうとも、現状では満足なカンパも集まらないだろう。 私財を投じて運営するのが私学である。国や県からどの程度の補助金が出ているのかは不知だが、私学とは会社組織と似たようなものである。その中には予備校色の強いものもあり、スポーツクラブ然としたものもあり、仲良しクラブらしきものもあっていいだろう。だが結局、あの学校は高校の名前を借りた予備校になりたいだけなのではないだろうか。時差ボケの頭にはそうした図が浮かんでいる。雨の久下戸に、今日もカッパ少年が群がって征く。 さて、お次は「Apple、Intel社製CPUを採用」の件である。Wintelの匂いのしないIBM、もしくはMotrola(現・Freescale Semiconductor)両社のCPUを搭載していることこそがMacのアイデンティティーだと信じて疑わなかった俺にとって、このニュースは大きな驚きである。元来、68000系とPowerPCというRISCのCPUは高クロック化が容易というふれこみなのだったが、近年のG5系の伸び悩みと発熱・電力問題がAppleをしてIntelに乗り換えさせる動機となったようだ。しかし何である。PowerBookやiMacに「Intel inside」とか「Centrino」とか書いてあるステッカーが貼られている様子や、Appleの広告やTVCMに「あの」マークや「あの」サウンドロゴがついてくるさまを想像するだけでキモチワルくなるのは俺だけではないだろう。妙な喩えだが、これはマツダの名車・RX-7やRX-8にフォードの直4を載せるような暴挙といえよう。AppleはOSXの開発開始以来、つねにIntelプラットフォームでの動作を検証しては良好な結果を残してきたそうだが、まさかこのOSにそんな出生の秘密が隠されているとは誰も思わなかったにちがいない。 Mac好きがハードウェアのデザインに惚れているのか、それともOSの使いやすさに惹かれれているのかは人それぞれだろうが、ただ間違いなく存在するのは「DOS/Vマシンでないからこその」魅力だろう。だからこそわれわれはいつまで経っても2kgを切らないノートパソコンを持ち歩いてきたし、拡張の余地の少ないタワー型マシンを競って買い求めてきたのである。その拡張性の低さをDOS/Vユーザーは嗤うだろうが、ハードウェアの相性問題やウイルスの蔓延とは無縁な環境はそれなりに快適だった。ソフトが少ないと揶揄されることもあるが、人間、一度に所有できるソフトの数など知れたものである。選択肢は多いに越したことはないが、結局は世間でデファクトスタンダードとなっているものを買うしかないのが現実だ。OfficeにPhotoshop、Illustratorといくつかのユーティリティーさえ揃っていれば仕事はどうにでもなる。ゲーム好きにとってMacの世界はあまりに貧困だろうが、そういう人ははじめからMacに近づかないものだろう。 巷ではいま、DOS/VプラットフォームにおいてWindows/MacOSのデュアルブートができるか否かが話題になってきている。アップルはきっとIntelチップは使っても独自のBIOSを使うだろうし、特殊なROMを内蔵させてMacOSでしか起動しないマシンを作ってくるだろう(そもそもMacユーザーにBIOSの概念はない)。一時は互換機にライセンスを与えたAppleのことだから予想もつかない事態が起きる可能性もあるが、やはり純DOS/Vマシンの上で走るMacOSというのは想像できないのである。HFS+システム(ウィンドウズでの「FAT32」にあたるだろうか)を堅持すればそういう相互乗り入れはできなくなるだろうが……。また、FireWire800などのMac独特のI/Oの取り扱いも気になるところだ。 これにより、Macユーザーが今まで渇望してきたA4やB5ノート、はたまた「タブレットMac」「MacPDA」のようなものが登場する可能性は確かに生まれた。世のパソコンの100台のうちおよそ95台がDOS/Vという現状のなか、Apple製品が浮世離れした値付けをしてきたことも認めざるを得ない。パソコンの価格のおおくを占めるCPUを安く仕入れることができれば、Appleの競争力も確かに増すのだろう。 しかし……前倒しでPowerPC内蔵のMacを買っておこうかと思う昨今である。IntelMacが登場すれば、恐らくPPC内蔵Macバブルが訪れるだろうから。現状でも「OS9ブート」バブルが長く続いているし……。 それにつけてもマカーというのは、Appleがつぶれても流行っても困る奇妙な人々なのである。 |