面白いことに、人間「やってはいけない」と言われたことには逆に惹かれるものだ。子供は火遊びやら水遊びが大好きだし、「買ってはいけない」という本もバカ売れした。それと関係あるかどうかは不知だが、以前の仕事で上が「あんな風にはなるな」と常々語っていた清掃の仕事に俺は今、従事している。 彼のメルセデスの中で俺は常々こんなことを聞かされていた。「ああいう奴等は頭が悪いからああいう仕事しか出来ないのだ」「あんな仕事はバカでも出来る」などと。それを聞いて俺は腸の煮えくり返る思いをいつも味わったものだ。以前にも書いたかも知れないが、そういう事を言う奴の家にはゴミ収集車も郵便もガスも水道も来させないようにしてやりたい。そういう単純な労働の積み重ねが世の中を支えているという事を彼が知らぬ由はないのであるが、そういった言葉を吐く時の彼の目は「本気」だった。それだけに彼の心の闇は深い。選民思想の徒としか言い様がなかった。 それ以来、俺は頭の中で「職業に貴賎なし」という言葉を呟くことが多くなった。そしてそう独りごちる間に清掃業への興味がふつふつと湧いてきたのである。皮肉なものだ。上は俺を「なにくそ」と奮起させるつもりだったのだろうが、それが裏目に出たのである。まあもしも俺でなかったらその言葉は効果的だったのかも知れないし、そんな事で本当に清掃業に就く俺を冷ややかな視線で眺める向きもあるだろうが、俺には彼の発言がどうしても許せなかったのだ。清掃のプロになって本当のバカにはそれが勤まらないと言うことを証明してやりたいと思うようになったのだ。一生の仕事になるかどうかはまだ分からないが、しばらくの間はこの「バカがする」仕事を自分の身をもって体験していきたいと思っている。 そんなわけで最近の俺はパチンコ屋やら事務所やらの床を洗ったり、ガラスを磨いたりして暮らしている。先日などは春日部の改装中のパチンコ店に行ったのだが、そこでは様々な業種の「バカな」人々が汗を流していた。エアコン設備の人、外壁塗装の人、パチンコ台設置業の人、そして植木職人。今まで俺が居た世界は狭かったのだなあとしみじみ思った次第。俺は華やかな世界だけで一生を終わるところだった。くわばらくわばら。 |