帰ったら、妻が無職になっていた。今にも辞めそうな兆候は現れつつあったのだが、どうも引導を渡したのは雇用主の方だったようだ。 妻が、某大手書店のアルバイトを辞めて2週間と少しが経つ。何故、辞めたのか。それは妻が通う絵画教室で知りあったWという女性が妻にこう持ちかけたのがきっかけだった。「手作りの『和』の雑貨を作る会社を作りたいんだけど、パートナーになってくれない?」その言葉を妻は信じた。その女性は以前からそうした会社を興したいと思っており、そうした製品のデザイナーを探していたのだという。デザイナーの条件としては、繊細であること・素朴であること・そして何よりもそうしたモノが好きなことが重要であり、彼女は長らくそうした人材を探していたそうなのだが、妻はまさに彼女のお眼鏡にかなったというわけなのだ。(だが、彼女は妻の作品を見たことなど一度もないのだ) 妻はそれを当てにしてアルバイトを辞め、朝8時半から夕方6時までというその仕事に就き、それをすぐに辞めたというわけなのだ。仕事場は、自称スタイリスト兼整体師兼訪問化粧品会社の営業所長兼ヘアメイク兼ネイルアーティスト兼洋服のリース業を営む彼女の衣装部屋だった。(これだけ多くの肩書きがあるだけでも怪しいものだが…)その他に、ボランティアや講習会も行っているらしい。何の講習会なのかは妻も知らないという。怪しい。怪しすぎる。その古い木造アパートの一室で、妻は彼女が用意した布で、彼女が要求する小物を作ったり、時には彼女の為にサーヴィスでズボンのすそ上げをしたり、極めつけは彼女の子供―保育園児なのだそうだが―の送り迎えまでしていたのだという。ちなみに月給は10萬円ポッキリ。 彼女は、その小物たち〜数珠入れや小物入れなど〜を主に景気に左右されない仏具屋で売るのだと言っていた。しかもその拡販の為にはある一つの宗派に的を絞った方が良いのだという。その宗派とは、創○学会。俺はその話を初めて聞いた時、妻にこう言ったものだ。「それって宗教の勧誘臭いから気をつけろよ。その人自身が○会の人かどうかも訊いた方がいい。」で、妻は訊いたのだった。「これって宗教の勧誘とかじゃありませんよね?」彼女は笑ってこう答えたのだという。「ア○ビー化粧品の方でも女の子を使っているけど、そんな勧誘なんかはしたことがない。話をしてみたらたまたま○会員だったっていう話はあったけれどね…」彼女はそう言うが、その時以来妻の疑惑の念は日に日に深まるばかりだったのだ。訳の分からない宗教に陥れられて行く恐怖。折しも時はラ○フスペースの例の事件が話題の渦中にあった時期だったので、妻の疑念は最高潮に高まったのであった。 しかも、その仕事の内容が妻の疑念に拍車をかけた。最初はそうした小物のデザインが主な仕事だと言われたにもかかわらず、「最初は雑用だけかもしれない」と云われ、デザインとはかけ離れた、ひたすら同じ数珠入れを手縫いで作り続ける仕事をしたり、○会員が持っているという教訓が描いてある札を仕舞うケースを作らされたのだという。しかもその仕事場の部屋には○田大作とその妻らしき2人の写真が飾ってあったのだと云う。しかもその彼女は何をしても怒らず、「好きなようにやって」というのが口癖だったそうな。しょっちゅう遅刻する妻を俺はハラハラしながら見ていたのだが、そんなことも彼女はお構いなしで、いつも明るい笑顔で迎えてくれたのだという。 「気持ち悪い…」と妻が言い始めたのは勤めはじめて1週間も経たない頃のことだっただろうか。とにかく、怪しすぎてやる気のでない妻のダラダラさ加減を見てもその彼女は何も云わず、「いいよいいよ」と常に云っていたのだという。それもまた妻のダラダラさ加減に拍車を掛けたとも言えるのだが。そのときから妻は辞めたいと思っていたのだ。 で、そんな妻を見て今日、そのW嬢が「仕事きつい?続きそう?」と妻に訊いてきたのだという。妻は満面の笑みで「ハイ!」と答えたのだそうな。我が妻ながら大した肝の据わりようだ。61580円とともに、妻は晴れて?自由の身となった次第。ああ、まさに世紀末ですなあ。俺は酒を飲みながらこの原稿を書き、頭の中には彰晃マーチが流れている・・・。○会員の読者の皆さんスミマセン。 |