第410回
最近更新が滞りがちなのは周知のとおりなのだが、こうも雑文を書かなくなると何から手を付けてよいものやらわからなくなってくる。私生活は鬱々としたことばかりで、下手に書くと職を追われかねないようなネタだらけ。書けと言われれば書かなくもないのであるが、それを読んで面白いかどうかはまた別のお話(いままでの話が面白かったか? というツッコミは無用で……)。 こういう時、俺はまず過去のコラムを見てみることにしている。ネタがかぶるのを防止するという効果もさることながら、その時々に自分が何を考えていたかを知ることが今日の発想につながるからだ。そういうわけで今日も「バックナンバー」コーナーを斜め読みしていたのだが、そこで行き着いたのが連載・「カメラマンにならないためのいくつかの方法」。実に懐かしい、自分的には渾身の連載である。で、普段であれば何となく読んでみて済ませるところなのだが、今日はなぜかこのキーワードでググりたくなってしまった。あまりにネタがないと、人はこういう行動に出るのである。 そこで早速、googleの検索窓に「カメラマンにならないための」と入力。……ちょっと検索結果が多すぎるので、さらに絞り込む意味で「”(ダブルクォーテーション)」を前後に追加。本当に、このキーワードで検索するのは初めてなのだが、すると数件のサイトがヒットした。曰く、「最近、写真系掲示板で話題のPDF。写真機愛好家には結構イタイのではなかろうか。自分的にはカメラは撮ってなんぼのモノだと思ってるので撮影し易くてアガリが良ければ何でもいいかな。別にカメラマンにはならないので、とりあえず自身のファッションに関しては棚に上げておこう(汗)」「PDFだけど、これを読んでみると良いかも。ビンボー人としては、撮りたいと思った物を気軽に撮れる、結果がすぐ分かるといったあたり、デジカメの方がありがたいです。」「斜読みで途中まで読んだけど「ヲタの愚痴」という結論に達しました」「とばしとばし俺も読んだけど.. あえて読む価値はないような。つまらん。表面的。」……自分のまったく知らない間に『写真系掲示板』で話題」になっていたようである。これらの記述はすべて2002年に集中しているのだが、おそらく読者のどなたかがその時期にその手の掲示板にリンクを張ってくださったのだろう。できればリアルタイムに皆様と意見を交わしてみたかったが、もう7年も昔のお話である。あの文章には大学名も入学年度も、そして本名も晒しまくっているので捜す気になればすぐに俺という人間が分かったはずなのだが、結局何のアプローチもなかったのはいうまでもない(あればもうここに書いているだろうから)。 それにしても賛否両論とはまさにこのことで、ヲタの愚痴やら表面的というご批判もごもっともである。あの文章では「カメラマンを志していた筆者が」「単なるカメラヲタではカメラマンにはなれないという結論に達した」ことを伝えたかったわけ(=愚痴)だし、「表面的」という部分に関しても、ついにカメラマンにはならなかった筆者が書くのだから当然であろう。あのような長文を、斜め読みとはいえお読みいただいたことに感謝したい。7年を経て、俺はますますあさっての方向に進んでいるわけだが、まさにあの文章で予言したとおりの生き方を実践しているといえるだろう。今度は「編集者にならないためのいくつかの方法」でも書くか……。あと、今読んでみると完全に銀塩カメラ前提の話になっているのも時代を感じますな……。出てくるカメラの名前ももはやヴィンテージ級だし。もし機会があれば加筆・訂正などしてみたいと思うので、期待しないで待っていて下され……。 さて、ここで一つ申し添えたいのだが、上の検索結果ではすべてリンク先が昔使っていたサーバーのものになっており、リンク切れになってしまっている。現在この文章は |