恍惚コラム...

第370回

 昔、編集者が誌面のレイアウトを行う際には「レイアウト用紙」に定規と鉛筆で線を引き、「ここには何文字詰めで何行文字が入る」「ここには54×36ミリで写真が入る」ということを延々と繰り返していた。マス目しか書かれていない紙の上に引いた線を見ながら実際の誌面をイメージしなければならないため、それはそれはたいへんな想像力が求められたに違いない。写真にしてもいったんコピーをとり、ペーパーセメントでベタベタと貼り付けていかねばならないのである。さらにその写真には手書きで縦横比を設定し、寸分違わぬトリミングまで施さねばならないのだ。

 「〜に違いない」と書いたのには理由がある。というのも、業界の新参者である俺はDTP以降しか知らないからである。念のために補足すると、「DTP」とはDesktop Publishingの略であり、Wikipediaによれば「日本語で卓上出版を意味し、書籍、新聞などの編集に際して行う割り付けなどの作業をコンピュータ上で行い、プリンターで出力を行うこと」である。もっと平たく言えば、ワープロソフトの超高級バージョンを使い、実際に印刷される誌面とほぼ同じものをパソコンで組み上げてしまうことである。DTPという語には「プリンターで出力したものがそのまま商品になる」ようなイメージがつきまとうが、実際には印刷所の印刷機で印刷するのだから少し違うのではないか。……まあ、これは余談である。

 そして俺は日々DTPによって自分の担当する誌面を組んでいるのだが、社の上司はこれにたいへんな難色を示している。曰く、「それは編集者の仕事ではない……!」たしかにそれはその通りなのである。先述したワークフローからすれば編集者がはじめから完全な誌面を仕上げることはまずあり得ず、
(1)先述の「レイアウト用紙」に線を引き、フロッピーディスクやMOなど、そして紙焼き/スライドとともに印刷所に入稿する。
(2)印刷所あるいはデザイン事務所(社内にそういう部門がある会社もある)が、入稿された(1)をもとにDTPなどを用いてデザイン・出力を行う。
(3)数日後、編集者のもとに(1)をレイアウトした「ゲラ」が返ってくる。
(4)編集者はゲラを自分で読み、あるいは著者に戻し(著者校正)て確認する。
(5)訂正の必要に応じ、ゲラを印刷所あるいはデザイン事務所に差し戻す。
(6)あとは必要に応じてこれを数回繰り返す……となるのである。

 しかし、今の勤め先では俺を含め、多くの若手編集者が(1)と(2)の境界線を越えはじめている。何しろ、地味な罫線から解放されて目の前でレイアウトを完成できる点は魅力的だし、(2)〜(6)の過程を省略することで原稿の遅い著者に対してもギリギリまで付き合うことができるようになるからだ。上司曰く、「編集者の本分は企画の立案であって、DTPオペレータの肩代わりをすることではない」「パソコンを触っている暇があるのなら取材に行け」となるのだが、さりとて今さら手に入れたDTP環境を捨てることができるだろうか? レイアウト用紙上での技を磨けば、DTPとは比べものにならない生産性をあげることができるのだろうか? たった数文字の訂正のためにゲラに赤ペンを入れ、印刷所に戻すことが果たして正義なのか? 写真のほとんどがデジタル画像で入稿されるのに、そのトリミングを紙の上でする必要があるのだろうか? DTPならば紙と鉛筆を持ち歩かなくとも、ノートパソコンさえあれば飛行機の中でも電車の中でもレイアウトできますが何か? ……上司が求めるコンベンショナルな編集法と、最近の進化したDTPとの板挟みに悩む最近の俺なのである。もし同業の方がいたらぜひともご意見を伺いたいものである。



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