恍惚コラム...

第345回

 ホワイトカラーエグゼンプション。このページをご覧の賢明な読者諸兄にはとうにおなじみのこの言葉であるが、俺はまたしてもお上独特の持って回ったような言い方に憤っている。白い襟、除外……。直訳すればこれくらいの意味にすぎないのであるが、実はとんでもない意味を含むこの言葉。お上は「ホワイトカラー労働時間規制撤廃制度」という意味合いで使っているが、俺はここに「事務方の残業代予想外割」という意訳を与えてみたいと思う。例の、ソフトバンクがぶち上げた「予想外割」はさまざまな付帯条件によって結局ユーザーの得にはならないことが明らかになってきたわけだが、こちらの「残業代予想外割」はユーザー(雇用主)にとってのメリットが盛りだくさんだ。何しろ、実際に払うか払わないかはともかく、これまで経営者の脳裏にあった「残業代を払わなくては……」というプレッシャーがなくなるのである。ある目標に対して、経営者は期限と予算だけを設定するだけでよくなるわけだ。どんなに大きな仕事であっても、使用される側には長時間労働の報酬がなくなるというこの制度……。まあ、成果に応じて年次昇給やボーナスに反映させていくとお上は言うのだろうが、そんなことができるのは経団連に入っているような大企業だけだろう。それ以下の、日本の会社のほとんどを占める中小企業はこの制度の上澄みだけをおいしくいただくにちがいない。結果、巷では過労死の増加やリストラの危機が喧伝されている。

  しかし、俺がこの言葉に対して過剰に反応する意味はもはやないのかもしれない。というのも、学生時代のアルバイト時代を除き、俺は社会人になって以来まともに残業代というものを受け取った記憶がないからである。最初に就いたカメラマン助手時代は言うに及ばず、その次の掃除屋にも現在の職場にも残業代というものはなかった。俺はむしろ、社会人がこのように「予想外割」のもとで働くことを当然のように思ってきたふしがある。正社員でない人には、福利厚生がない代わりにしっかり残業代が支払われる。そして、正社員は福利厚生がある代わりに「予想外割」で働かなければならない……。俺はここ10年近くそうした考えで生きてきたし、この考えはあながち間違っていないように感じる。ちなみに、俺が今所属している部署は週20時間の残業を平気でこなしている。先日の勤労感謝の日にしても、俺は朝8時から夜10時まで黙々と仕事していた。月刊誌編集者のはしくれという仕事柄、先に述べた「目標」は毎月やってくる。こうした職種では、お上が押しつけるまでもなく「裁量労働制」「ホワイトカラーエグゼンプション」が自動的に実行されているのだ。たしかに、俺のこの週20時間に残業代が支払われれば素晴らしいとは思う。事実、同業各社のなかには同じ条件で残業代100%支給、社会保険全額会社負担、30代で年収800万〜は当たり前という会社もあるようだ。しかし……。これはよほど会社に資力があるか、労働組合の力が強くなくてはなしえないことだ。一般の業界よりもさらに中小企業色の濃い出版界に、このような「ワガママ」は許されない。投げやりな言い方になるが、残業代が欲しければさっさと転職しろ、というほかないのである。これはきっと、どんな業界にいても似たような状況なのだろう。もしかすると、この「残業時間予想外割」が実行に移されればある意味企業間の格差はなくなるのかもしれない。今述べた「30代で年収800万〜」の会社も、もしかしたら俺の勤め先と同じような給料に下がる可能性がある。それはそれでいい気味なのだが……。

 だんだん私怨めいた話になってきてしまったが、ともあれこういうことをお上が強制するのは腹立たしいことだ。払える会社は払い、そうでない会社は払わなければよいだけのことであろう。だからこそ、転職してレベルアップしようという意欲も生まれるのではないだろうか。また、義理人情で長時間労働に耐え、良い仕事をしている人々の意欲をそぐことにもなりかねない(日本の労働界はこの事実によって躍進してきたのではないのか?)。この制度は一体誰のためで、何を目指しているのか。読者諸兄にもぜひ、声をあげていただきたいと思う。



メール

帰省ラッシュ