恍惚コラム...

第295回

 部室を訪れるのは春先以来になる。主を失った部屋はますます無臭に近づいていき、乾ききった流し台にこびりつく錆だけが何かを語っているようだ。すでに棚は暴かれ、無数の段ボール箱が位置を占める部室に立つと、俺はひとつのルーツに思いを馳せた……2005年10月22日、川越東高校写真部部室がついに同生徒会に対して譲渡されるはじまりの日がやってきた。読者の皆様にもメールを受け取った方、あるいは掲示板をご覧になった方は多いと思うが、泣いても笑っても、今日を境にあの場所は「あの場所」でなくなっていく。俺はひさかたぶりにあの場所を訪れることができた喜びと同時に、戻ることのできない時間の重みを噛みしめている。

 部室の思い出話を書き連ねたいところだが、それはもうさんざん書いてきた。何より、各位には各位なりのストーリーが胸の中にあるのだと思う。15才から18才という、人生でもっとも多感な時代を閉じこめた部屋。多くの同級生たちが教室で群れをなすなか、少しだけ背伸びができたあの部屋。少年には秘密の小部屋がよく似合う。木のうろに、空き地の隅に秘密基地を欲しがる少年たちの心をあの部屋は満たしてくれただろう。今日この日、この場所に立ち会えなかった皆様にも、きっと感慨深い一日となったに違いない。それぞれのストーリーが、日本の各地で再び紐解かれた一日だったと信じたい。

 そんな中、現生徒会副会長のH氏がずっとわれわれの作業を手伝ってくれたことは一種の救いであった。本来そこにあるべき年齢の人間が、もう三十路を迎えた人間と汗を流しているのはなんと健康的なことだろう。高校という建物のなかにあっても、ここ数年は20代以降の人間ばかり出入りしていた部室はやはり不自然な存在で、現役生の皆さんにもきっと違和感を与えていたに違いない。今思えば、自分が18才の頃に30才の自分を想像しろと言うのはやはり無理な話だった。きっと、現役生の皆さんには「何かおっさんが歩き回っている」という印象を与えてきたに違いない。それが今日は、数年ぶりに若い人が制服を着てあの部屋にいる―形態はどうあれ、ここは若者たちのための部屋なのだ。あの部屋には、学ラン姿の高校生がいるべきなのだ。それを思うと、俺はH氏の初々しい頬に希望すら感じる。

 各位には、すでにあった物の行方が気になるところであろう。しかし20年の歴史が詰まったこの部屋、われわれの攻略を簡単にはクリアさせてくれなかった。夥しい数の写真パネル。3台もの引き伸ばし機。そして、賛否両論を巻き起こした写真専用プリンターや自動現像機……そこでわれわれは基本的に、「いつ写真部を復興させたいという人が現れてもよい」ような整理の仕方を目指した。ついては写真に関する機材は基本的に部室内に残されることとなった。また、写真に関する書籍は図書館の蔵書としていただくこととなった。印画紙やフィルムについてはほとんどが有効期限を過ぎているために廃棄させていただいた(結果、冷蔵庫の中身は完全に空となった)が、未開封の物についてはその場に置いておくこととなった。薬品について液状のものは廃棄し、粉末のもので湿気っていない物は保存することとなった。ただ、数の増えすぎた茶瓶(現像液保存用のタンク)については今後間引いていく必要があるだろう。また、現像タンクなども数が少し多すぎるきらいがあるため、これも今後の検討課題である。こうした点については元顧問先生もしっかり承知しているようだ。もちろん、そうした資機材の説明書もできるかぎり発掘して保全してある。

 問題は私物なのであるが、われわれは「部員個人の著作物を大切にする」という観点から取捨選択を行った。つまり、雑誌や書籍、あるいは写真展の告知パンフレットは「世界のどこかにこれのコピーはある」という考えで排除していき、個人のネガ・プリント・過去の日誌・落書き帳などはOBがいつでも持ち帰ることのできる形でキープしている。玩具系の所有者は明らかでないためほとんどが廃棄に回ったが、何卒ご理解を願いたい。天下の生徒会が入るわけで、遊びとエロの要素は極力避けねばならないと感じたからだ。ネガやプリント、そして多くの木製パネルは元顧問先生の計らいで今後しかるべき場所に移動されるであろう。よって、これからOBが再訪して持ち帰るべきは日誌の類や落書き帳の類である。このなかには過去の名簿など、今後のOB活動の資料として有用な物が含まれているからだ。これは本日集まったOB有志の感想であるが、ゆくゆくはOB総会を開き、これらの物を肴にワイワイ騒ぎたいという希望もある。今度は11月の頭に片づけに行くことになると思うが、その節にはよりいっそうの参加者を希望したい。

 昨今の写真部掲示板の隆盛は皮肉であり、また大きな喜びとするところである。OB河上氏はこれを「葬儀場の賑わい」に譬えたが、俺はそれでかまわないと思っている。今、OB相互の結束は一時期に比べて確実に高まっている。これを機に写真部OBの来し方行く末を案じることは、きっと無駄にはならないものと信じている。

 なお、当日の模様はここに詳しい。



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