恍惚コラム...

第290回

 俺は今自分と戦っている。思わせぶりなセリフと色気。私生活にまで侵入してくる甘い罠。それは今までにない方法で自分を籠絡しようとしているのだ―といっても、何も色気のある話ではない。自慢にもならないが、結婚して以来一切浮いた噂も行動もない俺のことである。では、「それ」とはいったい何か。そいつは他でもない、最近の出会い系サイトが送りつけてくる勧誘メールのタイトルである。

 以前であればもう「逢ってすぐヤレる!」とか「欲求不満な人妻が貴方を待っている!」といったタイトルがついており、開くまでもなくゴミ箱にぶち込めたそれらのメールなのだが、最近ではすっかり事務的なタイトルでやってくるので非常に困っている。それは敵とて開いてもらわないことには商売にならないことは承知しているが、読者の皆様もここ2〜3ヶ月で手口がずいぶん巧妙になってきたことを感じられているのではないだろうか。

 そのタイトルの一部をあげてみる。
 「メール転送〔0912〕」
 これを開くと、あたかも会員制サイトに登録しているお姉さんが不特定多数の男に送ったような文言が書いてある。開いてしまえば0.05秒程度、脊髄反射で迷惑メールなのが分かってしまうのだが、この事務的な文言につい引っかかってしまうのだ。9割9分、俺宛にそのようなメールが転送されてくることなどないにもかかわらず、だ。

 次。「お知らせです。」
 こちらも上とまったく同じ作戦で挑んでくる。ドメイン名からもエロの気配は感じられないし、人間の「もしかしたら……」という気持ちを巧妙に衝いてくる。しかし、開いてしまうと「当課は自社の女性会員178270[●原 ●●こ]さんからコメント公開委託を受け、お客様の利用しているアドレスに配信させて頂きました。(伏せ字は筆者)」というセリフに直面してしまうのだ。最近、このようにあたかも素人の女性が書いたかのように思わせるメールがとても多い。

 さらに次。「認証されましたので…」
 何が認証かと小一時間問いつめたくなるタイトルだ。しかも語尾を「…」でぼかしているところも腹立たしい。「されたから、どうして欲しいんだ!?」
 これは週に2度は送られてくるので最近ではすっかり相手にしなくなったのだが、当初はネットショッピングやら会員制サイトからのメールかと思い、真剣に開いてしまった。つくづく、俺の時間を返せと叫びたくなるひとときである。

 お次。「通達したい事が有りまして…」
 通達、ときた。日頃からネット上で暴れ回っている俺のことである。先日も会社の人に幣サイト「しりとり専用掲示板」の過去ログを見されてしまったばかりの俺なのだ。いつ誰にからまれてもおかしくないネットユーザーに、「通達」の2文字が重くのしかかるこのタイトル。先に紹介したような「お知らせ」ならともかく、「通達」だよ「通達」。で、開いてみれば出会い系サイトの巻。これも最近増えてきたので、ゴミ箱に直行である。

 最近のメールソフトはずいぶん進化しており、迷惑メールの類をかなり高い精度で見分けてくれるようになった。かくいう俺はApple純正の「mail」を使い、ほとんどの(上に書いてあるようなメールはすべて)迷惑メールは受信と同時に専用フォルダに移動されるように設定している。従来、この「Mail」というソフトのフィルタリング機能は慎重すぎてまったく役に立たなかったのだが、この5月にリリースされたバージョン2(OSX 10.4に付属)は素晴らしい。9割方の不要なメールを隔離してくれる。

 しかし、だ。こうした機能に誤認識の可能性がある以上、結局一日に一度は「迷惑メール」のフォルダを開き、重要なメールを拾い出す必要があることは論を待たない。その際には半信半疑、目を皿のようにしてタイトルを読んでいくわけだが、そうした時に上のようなタイトルが含まれているこの不快感。俺は朝、出勤前のメールチェックを習慣にしている。そんな忙しい時に限ってこの種のタイトルが混じっているから、まったく手に負えないのである。

 一時は出会い系サイトで人死にがずいぶん出た。また、世界中を駆けめぐる電子メールのほとんどがスパムだという話もある。この世に性欲があるかぎりこうした出来事が止むことはないのだろうが、本当に出会いたい人はそうした所に自ら行くものだろう。世界のネット資源を枯渇させ、個人の時間を奪うこのようなメールを出す側は、いったいどのような心境なのだろうか。数千、数万単位のメールをタダ同然でばら撒くことのできる昨今、一人でも釣れれば御の字なのかもしれない。しかし、考え直していただきたい。スパムをばら撒くことよりも、より質の高い出会い系サイトを作ることが先だということを……。



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