第287回
6月頃の当社求人広告。「雑誌編集、30才迄、経験者優遇」の内容にはいくばくかの人間が集まったらしい。当然そのなかにはさまざまなキャリアや年齢層の人々が集まってきたのだが、その採用で当社が採用したのは32才の男性と36才の女性。俺自身、年齢的には微妙な線で転職した身だからこの点については何とも言えないのであるが、まあともかくその36才の方と俺は机を並べることになったのだった。36才独身、雑誌編集を6年間経験し、その後は中学の教員をして過ごしてきたというその経歴に社員一同が大きな期待を持ったことは間違いない。はじめてわれわれの前に姿を見せた彼女はいたって地味なルックス。いかにも仕事のことしか考えてません! といったオーラを漂わせ、この業界ではまだまだ駆け出しの俺なぞは自分の立場を危ぶんだものだ。当社よりもずいぶん一般的な(あえてジャンルは秘す)テーマを扱った過去の雑誌を見るに、これは即戦力間違いなしと誰もが信じていた。 しかし、である。よくよく聞いてみれば彼女、キーボードは確かに打てるが「ワープロ専用機」しか扱ったことがないというではないか。この事実に接した俺は当初、「まあそのうち何とかなるだろう。Wordのアイコンさえクリックしてしまえばワープロ同様に扱えるわけだし……」とたかをくくっていた。しかし、1週間、2週間と時間が経つにつれ、その考えがあまりにも浅はかだったことに気が付いたのだ。まず、パソコンの起動/終了という概念がない。コピー&ペーストの概念もない。フォルダの概念もない。ネットワークの概念もない。eメールと添付ファイルの関係、およびそれをローカルドライブに保存してから使うという概念もない。確かにキーは打てるが、もう何が分からないのかが分かっていないからこちらとしても手も足も出なかったのである。俺たちはあらためて日々の仕事とパソコンが切り離せなくなっているものかを認識すると同時に、何年のブランクがあったかは知らないが時の流れの非情さをひしひしと感じた。見れば立派な紙面を作ってきた人なのである。その筆記具が変わっただけでこんなにも惨めな姿になってしまうこの理不尽さ。だがしかし、そんな感傷に浸る暇もなく原稿はメールで入ってくるし、書いた原稿はMacで組版しなければならない。俺たちは迫り来る締め切りの中、数週間は彼女に張り付いてパソコンの基礎の基礎を教えなければならなかった。 このMacというのもくせ者だったのである。Windowsの基礎の基礎を教えている最中に、あのしちめんどくさいQuarkXPress(米Quark社の販売しているDTPソフトウェア。良くも悪くもこのソフトがなければ出版物は出ないというシロモノ。このソフトのMacOS X対応が遅れたことが業界全体のOSX移行を妨げている。いまだに3〜4年前のMacが高値で取引されているのはひとえにこいつのおかげである……)を学ぶのはあまりに荷が重い。WinもMacも、使いやすいGUIを主体とはしているが、細かな操作はまるで別物である。「Ctrl+V」と「Command+V」の違いを教えるために俺はどれだけの時間を費やしたことだろうか。 こう言ってしまえばあまりに酷だが、やはりこの年齢から2種のOSを使い分け、さらには業界独特の専門用語を習得して記事を書くには相当なエネルギーな必要なはずだ。俺とてMacの心得が少しはあったからいいようなものの、いちから入社したら相当な辛酸を嘗めたに違いない。だが、傍から見た彼女の印象はそのエネルギーという言葉からはあまりにかけ離れていた。自分からほとんど話しかけてくることのなかった彼女は、何を何回言っても一向にマスターする気合いを見せてこなかったのである。出版界にいたのであればそのペースというものは分かっていたであろうにもかかわらず、400字の原稿を書くのに丸一日を費やしたり、その原稿書きの合間にまったく関係ない一般紙を読み出したりしていたのである。さらに俺を閉口させたのはその居眠りぶりだ。さすがにオフィスではしていなかったが、同伴した記者会見開始の10分後に船をこぎ出すさまを見て、俺はもうこの人に対してはアンタッチャブルなのかもしれない……と感じた。 彼女は2人兄妹の妹なのだと言った。いずれも独身で、実家にいるとのこと。俺は今、入社直後の彼女の言葉をあらためて思い出している。「母親の具合が悪いので、なるべく早く帰りたい……」その言葉は1度しか聞かれなかったものの、俺はその一言から独身36才、実家OLの哀愁をひしひしと感じた。老いた母親を間近に見ながらの転職。若い奴らばかりの職場。これに並ぶ切なさはあまりないのではないか。この言葉が俺と彼女の間柄を決定してしまったともいえるだろう。お客様としての……。 最後の最後まで無口だった彼女。社長が暇を申し渡した直後、俺は彼女に「で、何か言われた?」と気づかないふりで訊いてみたのだが、「ええ、まあ……」これが、俺にとっての最後の言葉となってしまった。 |