恍惚コラム...

第286回


 残暑の厳しい午後である。西の方にしかいなかった蝉が北上してきたり、南国からの荷物に紛れ込んできた毒蜘蛛が繁殖したりする昨今、この暑さはいよいよ本物だと感じることができる。夏休みもいよいよ終わってしまった。まだまだいい年の大人がラフな格好で町をゆく時期ではあるが、夏休みの残り2日をなかなか消化できない俺にとってはまた別の話である。話はどんどん逸れるが、今の会社に入社して以来一度も有給休暇というものを取ったことのない俺である。しかし先日ある社労士の先生と話していたところ、昔は有給休暇を現金で買い上げることも可能だったのだという。いやはや、それが今でも可能ならばさぞかし懐具合も良くなろうというものだが、週40時間労働が公然と建前になっている昨今だ。そんな夢のようなことを言っているわけにもいくまい。有給休暇は急なケガや病気のための保険だと思っておく方が心に優しいというものだろう。

 さて、一体何の話をしようとしたのか分からなくなってしまった。最近はすっかりテイストレスな生活をしている俺のこと、写真部の動きばかりを追っていたら他にめぼしいトピックもないのである。また、中途半端にマスコミに関わっている身ゆえ、あまり具体的なことを書くとたいへんな事になってしまう(まあ誰も見ちゃいないと思うのだが、ほとんど本名みたいなHNを使っているからこういう憂き目に遭うのだ)。それはもう企画会議の熱さや印刷所との駆け引き、はたまたなかなか原稿を書いてこない著者への催促劇および締め切りのサバ読み(つまり、実際に必要な日付よりも締め切りを「かなり」早く設定するということですな)、そして本当は原稿を書いて欲しいのに書きたがらないから無理矢理インタビューという名目で口述筆記にする……などなど、話し出せばきりのない状態ではあるのだが……悩ましいところだ。仕事中心で生活をしていると、プライベートが犠牲になってくるというか何というか。本当は書きたくてたまらない話もあるのだが、それはまた別のお話である。

 と、いうわけなので今日は目の前にあるパソコンの話をすることにしよう。今までにも新しいマシンが来るとまずその話をしていたのだが、7月頭にやって来たこのPowerBookの話はまだしていなかった。すでに一部にはお披露目しているので新味もないのだが、まあ聞いてやっていただければ幸いである。

 そいつは7月8日、ボーナス支給日の夕方。かねてより古PowerBookのやれ加減と遅さに「なくてもいいけど、ちょっとはあった方が〜(「バスト占いの歌」風に)」と考えていた俺に、会社の先輩がこう話しかけたのである。
 「ねえ、で、今夜どうするのよ?」
 ……それは主語も述語もない台詞にもかかわらず、俺の心の底を穿った。確かに彼には以前からニューマシン購入計画の話はしていたのだが、ボーナス日にいきなりそんな発言をされたら、俺はもうただただ、
 「行きますか!」
 と答えざるを得なかったのである。そこから話はとんとん拍子に進み、俺とその先輩はその2時間後には池袋のビ●クカメラに到着していた。こういうものを買うときは、誰かにそっと背中を押してもらいたい小心者の俺である。俺は恐る恐る銀行でそれ相応の現金を引き出し、札束(?)を握りしめてようやく入店したのである。

 果たして目的のMacコーナーに到着した俺。こういうものは勢いで進めなければならないから、俺はもうそのフロアに到着した瞬間にPowerBook・15インチの目の前に駆け寄った。平日の午後8時前の店内には人影もまばらで、店員さんはけっこうウロウロしている。俺はそのうちから年若い彼氏を捕まえて、
 「これを1GBにして、ください」
 と注文した。この快感は何度やっても堪えられないものがある。人によってこの快感を得られる金額は違うだろうが、俺は基本的に「店員が倉庫からわざわざ持ってこなければならない、5万円以上のもの」にこの感情を覚える。そういえば、昨冬にデジカメを買ったときもそうだった。いや、でも、こないだ電子レンジを買ったときもこんな感じだったか……。安かったけれど。

 しばらくすると店員氏が戻ってきた。しかし、ただ一つ俺のオーダーと違う箇所があったのである。俺は「メモリーの総計を1GBにしたい」という意味で先の発言をしたのだが、店員氏は丸々1GBの増設メモリーを持って現れたのである。一瞬迷う俺。現行のPowerBookにはデフォルトで512MBが載っているので、ここにおいて店員氏は512MBの増設メモリーを持ってくるべきだったのだが……。
 「じゃ、それもください」
 何たる見栄っ張りな俺。いつもならそんな2万数千円のものをポンと買い足せる玉ではないのに、先輩の視線と店員のピュアさ、そして懐の札束が俺を突き動かしたのである。かくして俺は1.5GB搭載のマシンを持って家路につくこととなったのだった。

 そこからはもうひたすら環境移行にいそしんだ俺。しかし、昨今のMacOSには「移行ツール」というそれはそれは親切なソフトが付属しているので、待ち時間のつらさ以外の問題は全く起きなかった(3時間ほどかかっただろうか)。むしろ、こんな簡単にアプリもメールも、書きためた文章も移動できることに対して感激すら覚えたのである。

 かくして使用2ヶ月目を迎えたこのマシンなのであるが、はっきり言って驚嘆に値する部分もないのである。以前のPowerBookのクロック周波数は667Mhz、対する新PowerBookは1.67Ghz。大容量メモリーと、クロックが1Gも上乗せされているゆえの軽快さはあるのだが、実はPowerMac G4の1.25Ghzも使っている俺なのである。つまり、体感速度的にはその2年落ちのタワー型マシンと同等であるからして(ハードディスクは3.5インチの方が速いわけでもあるし)、ニューマシンならではの「速っ!」感を堪能できないのが辛いところである。iMacにすらPowerPC G5が搭載されている現在、一世代前のCPUを搭載したマシンを30万近くも出して買うこの酔狂。未だにノートマシンにG5が搭載できないこの現状。だからこそアップル社はIntel社製CPUへの移行を決定したわけで、まったくもって微妙な気持ちがするマシンなのである。

 しかし、恐らくあと1回程度のマイナーチェンジで終わってしまうこのシリーズを今買っておくことはアップルに対する大きな義理立てである。次期Intel-Bookがどのようなデザインで登場するかは不知だが、「Intel Inside」のシールが貼られていないPowerBookを買えるのはこの1年以内でしかないのだ。もちろん、次期モデルも十分に魅力的なデザインが期待できるだろうが、5年間にわたってマイナーチェンジが繰り返されたこのアーキテクチャと筐体のデザインは完成の域に達しているのだと思う(思いたい)。

 使っていると、確かに進化している部分も数多いのだ。ポート類を後面ではなく側面に配したことによる冷却性の向上。USB2.0ポートをはじめ、到底使わないであろうFirewire800ポートまでも装備した幅広い拡張性。そして、チタンボディーの頃に問題となっていたボディー周りの塗装対策。さらには無線LANは標準搭載で、Bluetoothまで内蔵しているとくれば、現代のノートPCとして不足はない。あとは軽くなりさえすれば、そしてテレビチューナーくらい内蔵してくれれば、DOS/Vユーザーにも胸を張って自慢できるマシンなのである。

 あと2年ほどは使い込むつもりでいるものの、その頃には最新ソフトが対応していない事態も予想されるこのPowerBook。この成熟しきった(枯れた)マシンを前に、またしてもMacの行く先を考えざるを得ない昨今なのだ。

 でも、やっぱりニューマシンは気持ちいい。その一語に尽きます……。



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