第260回
夜9時の地下鉄に乗り込む。そこは、それぞれの黄昏が交錯する場所。誰もが少し遅い黄昏を迎える車内には、安堵のため息と明日への希望が満ちている……と言いたいところだが、俺はいつも不思議に思うことがある。「優先席」―お年寄りやお体の不自由な方の為に用意されたその席に座る人々についてである。本来であればそうした人々が座るべきその席に、夜になるとあからさまに優先される必要のない人たちが座っているのである。まあもともと、優先席に座る必要のある人はそんな遅い時間に出歩くものでもないから仕方ないのかも知れないが、こちらが我慢しているその目の前で、若い人々が当然のように座ることに俺は憤りを隠せない。 最近では鉄道会社もそのことを感じつつあるのか、優先席のシートの色を変えることはもちろん、周囲の吊革の色まで変えるというアピールに出ている。しかし、夜間はもちろんのこと昼間でも若い者が優先席に座っている状況は改善されていない。確かに「お譲り下さい」と書いてある席なのだ。だから、そうした人が近くに来たら「譲れ」ばすむ問題なのだろう。ただでさえ混み合う車内である。対象となる人が周りにいないのに、そこが空席のままなのは不合理だともいえる。 しかし、である。かりに妊産婦やお年寄り・病人が周りにいないからといって、俺たち(そろそろ30歳)以下の人間が周りの40代・50代をさしおいて座るのは如何なものだろうか。俺自身も30の声を聞き、最近疲れやすくなったと感じている最中である。それが40、50になればより座りたくなることは想像に難くない。俺は毎晩電車に乗りながら、優先席に座る若者とその目の前で立っている中年の人を何とも言えない気持ちで見ているのである。 「やった者勝ち」という風潮が蔓延する昨今である。酔っぱらいが座席を2人分占拠しようが、やった者勝ち。ドア付近にウンコ座りしようが、やった者勝ち。勝手にニッポン放送の株を取得しようが、6カ国会談に参加せず核保有を宣言しようがやった者勝ちの世の中だ。今挙げた例にくらべれば、優先席に若い者が座ることなどまったく罪のないことのようにも見える。そこで、俺はこの状況を打破するために「優先席、40歳以下着席禁止令」を提唱したい。どんな時間帯でも、電車の中に40歳以上の人がいないという状態はあるまい。また、年齢制限を設けることであからさまに若い連中の着席も防ぐことが出来る。女性の方からはかえって座りづらいという意見も聞こえてくるだろうが、それはそれである。そういう見栄をはるから世の中がぎすぎすするのである。もちろん、40歳以下であっても具合の悪い人は座ってよいのは当然のこと。そのハードルを越えてまで座ろうとする人を誰も咎めはしないだろう。それでも無理矢理座る者が出てきたら、今度は名称を「VIP席」「敬老席」「特別保護席」などの仰々しい名前に変えてみたらいい。さすがに「敬老席」と名付ければイマドキっぽい人々を阻止することができるだろうし、「特別保護席」なんていかにもお役所っぽくていい名前ではないか。なぜ、鉄道各社は「シルバーシート」を「優先席」などというヌルい呼び方に改めてしまったのだろうか。極端な平等主義は、かえって物事の本質をぼかしてしまうと思う。 いかがだろうか。極端なことを書いたかも知れないが、決まりは決まりである。今、目の前にあるのはただの椅子かもしれないが、そこに意味を付与するのが人間の社会であり、言葉の効用というものである。絶対ウケると思うのだが……。 ところで、まだ目の前で見たことはないが「女性専用車両」というのもまた興味深いものである。JR埼京線などでは深夜に、また神戸市交通局の地下鉄では終日専用車両を走らせているそうである。女性専用。それなら「男性専用(絶対に痴漢と間違われたくない男性用)」「男子高校生専用(他校の女生徒や色っぽいOLに対する劣情を催さないため)」「塾通いの男子(女子)小学生専用(誘拐やいたずらの危険から子供を守る)」「見た目とは逆の性別の心をもつ方専用(オカマ・オナベ専用)」「出会い専用(電車男もかくやの出会いを求める方へ)」なども必要になってくるのではないだろうか。また、ひとくちに「女性」といえど、カップルとして乗ってくる人はどうなのか。それから毎朝駅ですれ違う他校の男子にホの字の女子高生はどうしたら良いのか。またもいやな物言いになるが、女性専用車両にすすんで乗り込む御仁はよほど自分の容姿に自信があり、触られて当然、男なら必ず触りたくなるボディーなのかと勘ぐりたくなる。いっそのこと電車の編成を見直し、前半は女性、後半は男性と真っ二つに分けてしまえばどうかと思う今日この頃である。とかく、区別というのは難しいものだ。 |