恍惚コラム...

第250回

 ナントカという低気圧が過ぎた朝である。晴れているというのに雨が降り、ぬるい風が吹き抜けるので、俺はアパートの窓という窓を開けて洗濯機を回している。数日来の風邪気味で、間違って噛んでしまった舌の感触も相まって何とも気色がわるい。体の内側に芯があるようでいて、その表面には玉葱の皮のような脆さを感じる。朝のテレビ番組の目ぼしいものも観おわってしまい、妻もパートに出かけてしまった。これから午過ぎまでに部屋を片づけ、何とか体裁を整えなければならないのだが、今日もこうしてノートパソコンを開いてしまう休日なのである。何とも言えない天気と、掴み所のない気分。こんな休日をいつか過ごした気がするのだが、それはいつのことだったろうか。
 
 というのも、すでにしりとり専用掲示板の方にちらっと書いた話がまだ尾を引いているからである。自分の所属する部署から急に一人いなくなってしまい、もう仕事がてんやわんやなのである。11月末日にそれが突如発表され、辞令の発効日はその翌日。それ以来、残された2人で来年の企画の練り直しをしたかと思えば執筆者の引き継ぎが始まり、あーまだ依頼状出してないとか春先の企画が決まってないとかで、やっと何とか格好がついたと思えば今度は今月の締切に向けてのニュース原稿書きである。そのニュースにしてもその異動になった彼が書く予定だったから、俺としてはまったくスルー状態だったものを一から取材して書き起こさねばならないのである。今週はもう体が疲れ切っていたので土日は休ませてもらっているのだが、これから年末に書けては怒濤のような日々が続くことだろう…。明日以降も、引き継ぎが正確に行われているかの表を作りつつ水曜の会議に備えなければならないし、それと並行して原稿の依頼やらイラストの依頼をし、別の編集部に頼まれた写真を撮りつつ座談会の収録にも行かなければならないし残ってるテープ起こしもしなければならないという句読点抜きのモノスゴイ状態が俺を待ち受けているのである。果たして来月号は無事発行されるのだろうか?作っている自分自身が怪しんでいる今日この頃なのである。
 
 特定の誰かを責めることはたやすいのだ。編集も営業も会社にとっていずれも欠かせない職分だということも頭ではよく分かっている。昨日まで編集をしていた人に突然営業部にまわれと宣告しなければならない苦悩も上層部には当然あるだろう。あるいは俺のような若輩者にはない卓見と経験が、彼を一刻でも早く編集から外せと命じたのかも知れない。それにしても話が急すぎたのである。数週間前から彼が上層部とうまくいっていないという気配は伝わって来、会議の席上でもかなり糾弾されていたのは見聞きしていた。しかし月刊で出版物を作っている以上、我々にとっては毎月毎月が決算月のようなものなのである。それを突然間引いてしまうのは性急に過ぎると言わざるを得ない。まあ、そうやって無理矢理引っこ抜くのでなければいつまで経っても機会がやって来ないという意見もあるわけなのだが。
 
 また、上司に縁故入社者への偏見があったという事実も見逃せない。確かに俺にもそうした面がないとは言えないのだ。自分が今所属している部署の3人中2人、つまり俺以外の全員が縁故で入社してきているからである。全社的にみればそうした縁故で入ってきた人間の割合は5%くらいなのだが、自分の居るところにそうした人が固まっているのは不思議なことである。だが俺個人としては、どういう経緯であろうが結果の出せる人物がそこに居ればいいと思ってきたし、彼ら自身も積極的に自分がそういう立場であることを俺に教えてはこなかった。つまり俺はその事情を周囲の人々から聞くまで知る由もなかったわけで、一緒に仕事をしている限りでは彼らは単なる一社員だったのだ。こういう事を何も知らない人に教えることはもしかして罪かもしれない。果たして上司はそうした人々にハッパをかけ、平均以上の仕事ぶりを要求してきた。縁故で入ってきたのだからその恩に報いなければならない、と。こうしたことも、今回の騒動の遠因となったことは間違いない。
 
 ともあれ、俺にとっても入社以来最大の試練が訪れていることは間違いない。動かし方によっては俺にとって利益となるかもしれないが、もし仕損じれば俺自身の立場が危うくなる。大学を出た直後にはマンツーマンの力学について学んだが、今回は組織の力学に翻弄されている俺である。これを無事乗り切り、一皮むけたオトナのオトコになりたいと思っている。


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