第25回

  昨日、銀座に仕事で出かけた。土曜日の銀座はいつもにも増して人通りが多く、さらに夏休みとあって家族連れが多かった。全く、俺の気付かない間に学生達は夏休みに突入していやがるのだな?そういや最近電車の中に俺の欲望を騒がす女子高生の姿が少なくなったと思ったら、そういうカラクリだったのか!うっかりしてました。
 まあそんな話はさておき、俺はそこ銀座で白黒プリントを路上で売っている青年に出会ったのだ。あの中央通りの住友銀行の目の前で、その露店は出店していたのである。最初は何だか似顔絵でも描く人なのかな、と近付いていったらやっぱり写真だったという次第。他人の写真とあっては見て見ぬフリは出来ない俺はすかさずその露店に近づいて行ってそのプリントたちをためつすがめつ眺めた。その中には、あのコニカが開催している「新しい写真家登場」に出展した時のパンフレットもあったりして、ムムッ、なかなかやるな。テクサーの一眼レフにミノルタのワインダーをかましている辺りもなかなかのマニアさ加減をかもしだしていた。写真の内容は、身辺を切り撮った最近流行りの心象写真系だった。
 そうこうしているうちに話しかけ欲が頭をもたげてきた俺は、彼にこう話しかけてみた。
「あの〜、この展覧会っていつごろなさったんですか?」
「え〜と、それは1月に。」
「そうですか・・・・。」
いかん。こんな当たり障りの無い質問では話がすぐに終わってしまうぞ。
「えー、えー、正味な話、コレってどのくらい儲かります?」
「うーんと、去年はこれで50万円くらい出ましたね。」
ご、50万!それって俺の年収の半分近くじゃん!まあ、それもそうか。だって6ッ切のプリントを1枚1500円で売ってるんだもんな。と思いながら、俺は次の発言に移ろうとした・・・その刹那に、
「あっ、こっちにアルバムあるんでこっちも見てって下さいよ!」
その気迫に押されつつも、俺はその分厚い、モノクロのサービス版がぎっしりつまったアルバムを手渡された。その中身は全てポートレート写真で、正直に言って「作品」然としたものではなかったのだが、それがかえってリラックスできた。それを見ていると、再び彼が話しかけてきた。
「僕は目に見える物しか信じられないと思って、人の写真はあんまり撮らなかったんですよ。だって、ポートレートには目に見えないものも写るって言うじゃないですか。だからこそ、ポートレートは難しい・・・。」
そんな意味のことを彼は言った。俺はその言葉にいたく感銘を受けた。全くその通りだよなあ。だれでも撮れるように見えて、実は誰にも撮れていないかも知れないポートレート写真。これからは人の写真を軽々しくは撮るまいと思った。
 しばらくそれを見ていると、彼は俺にお風呂場に置くイスをすすめてくれた。その素朴さも、飾らない雰囲気も、何だかイイ感じだったのだ。久しぶりに、仕事以外の写真も大事だと思った午後だったのだ。
 そうそう、彼は脱サラしてこの道に入ったのだ、とも言っていた。「お金がないと写真、続けられませんからね」その言葉も、俺の心にハードに染み込んだ。とにもかくにも、久しぶりに写真をひた向きにやっている人と出会えた銀座の午後の物語だ。
「えっ、もう行っちゃうんですか?」
その言葉が、今でも俺の後悔を呼び起こす。

   


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