恍惚コラム...

第247回

 先日は久しぶりに更新を落としてしまった。毎週数十アクセスしかないこのサイトではあるが、やはり更新が滞ると自分でも気持ちが悪いものだ。毎週楽しみにして下さっている読者の顔ももちろん浮かばないではないのだが、ともあれ自分の意地だけで毎週更新を続けているこのサイトである。毎週、習慣にしていることが出来ないというのは何とも気持ちの悪いものなのである。
 
 と、いうわけで先日の文化の日以来ようやく休みになった俺である。先週末の学会に引き続き、10日と11日は福岡出張と、まあ今の会社に入って以来最も忙しい局面に突入していたのだ。その間、学会では学生時代から使っているミノルタαで写真を撮りまくり、出張では歯科医師・歯科医院4件の取材でこれまた写真を撮り散らかしてきた。そう、俺ははからずも再び写真を撮らねばならない状況に陥ってしまったのだ。一度は捨てたつもりの写真の道であったが、頼まれれば断われない性分であるし、何よりサラリーマンの悲しい性である。社命には従わなければならないのである。
 
 だが実は、俺の会社にはある芸術大学の写真学科を出た人や、広告写真にとても造詣の深い人、はたまた雑誌のブツ撮りをずっとしてきた人もいて、わざわざ新参者の俺に撮らせる必要もないのだ。しかし、彼らは今の会社で写真を撮るのは望んでいないのである。俺などより豊富な経験をもち、未だに高校時代や大学時代の機材を使っている俺とは違う超高級カメラを持っている彼らはなぜか「写真を撮らされるならもっとお金をもらわなければ」と言って、俺の立場をなぜか哀れんでくれる(皮肉かも知れないのだが)。このような言葉に接するたび、俺は自分のお人好しさ加減に恥じ入るとともに、ここで写真を撮ることになった運命の不可思議さについて考えるのだ。
 
 写真を撮ることを望む人とそうでない人。写真を必要とする会社としない会社。そして、カメラマンになる人とならない人。例の高飛び事件以来、俺の頭の中はこのどうしようもない命題に支配されていた。その間に俺は愛ゆえのジェラシーによってどんどん写真の世界から離れてゆき、掃除夫になったり役所相手の営業をするようになっていったのだ。しかし、である。俺は今、全く想像だにしていなかった状況に陥っている―写真を撮ることが要求され、その写真を必要としている人と媒体がある―。カメラマンになりたいと渇望していた頃には全く目の前に立ち現れなかった世界が今、目の前に広がっているのだ。黙ってカメラマン先生のアシスタントをしていた頃がまるで嘘のようである。同業者の波に揉まれ、ギラギラしていたあの頃。カメラマンになるための最短距離として選んだアシスタントの道だったが、それは結果としてカメラマン商売の光と影を同時に見せ、俺には絶望感しか残さなかったのだ。俺の同期の中で、どのくらいの人間がフリーカメラマンのアシスタントからフリーカメラマンに「昇格」することができたかは不知だが、俺の知る限りでは結局、一度は何らかの会社組織に所属しなければ「昇格」することは能わなかった者が多いのではなかろうか。
 
 欲しがれば欲しがるほど遠ざかり、欲しがらなければそれはそれで向こうから近づいてくるもの。それこそがチャンスというものなのかも知れないと、今さらながら考えている所である。今や写真に対する知識も情熱も失われつつあり、そのテクニックもかなり衰えた俺にこのようなチャンスが訪れるというのは、「縁」―この一言でしか解決できない運命のいたずらである。俺がもっとギラギラしていた時期にこんなチャンスが訪れていたなら、もっと高いクオリティーの写真を残すことができたのにと残念でならない。
 
 しかし、そんな欲を出したらまたしてもチャンスを逃してしまうような気がする。実はなかったものとして、ルーティンワークとしてこなしてゆくのが良かろうと思うのだ。ここでまた色気を出して機材を買い込んだり、商業写真誌などを読みあさるようになっては元の木阿弥になる可能性が高いからだ。凝り性の俺のことである。やっと「編集者」の名目で就職したばかりなのにまたカメラマンになりたいなどと分不相応な事を言い出しかねないのである。全く危なっかしい限りだ。カメラマンという職は、実に微妙なバランスの上に成り立つ水物商売なのである。



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