今の会社に勤めだして早2ヶ月が過ぎ、いろいろな事が分かり始めてきた今日この頃である。この歳になると学生時代のような緊張感はもはやなく、むしろ年下の人の方が多いシマの中で敬語を使われることに妙な快感すら覚え始めているわけで・・・。ここで勘違いをしてはならない。いつでも初心を保ちたいものだ。
さて、俺がマカーだという事は周知の事実なのだが、出版業界というのはマカーが大手を振って歩ける数少ない業界である。Macがなければ組版も出来ないし、画像処理も出来ない。(アドビ)イラストレーターがなければ広告データの受け渡しも出来ないし、「拡張子って何よ?」という連中が跋扈する世界なのである。冷静に考えればいずれのソフトにもWindows版があるわけで、それを使っても何ら遜色ないデータが出来上がるハズなのだが、慣習とは恐ろしいもので、今でも旧世代のMacが老体に鞭打たれながら働いているのである。
そこで起きてくるのが新旧Macの互換性の問題である。「老体に鞭・・・」と書いたが、余りにも旧態依然としたシステムが出版業界では使われているのである。現場レベルではそれに対するかなりのノウハウが蓄積されており日常の業務に支障はないのだが、アップル社やマックマニアにとっては何ともむずがゆい問題がそこには横たわっているのだ。
俺が過去のコラムでさんざん褒めちぎっている「MacOSX」。最新Windowsと同様のプリエンプティヴ・マルチタスクを実装し、しかもコアはUNIXベースというきわめて安定性の高い先進的なシステムなのだが、現在の出版業界ではこれの持てる力を全くといっていいほど生かすことが出来ないのである。
何しろ、業界ではまだまだ10年前の組版ソフト「QuarkXpress 3.3J」(以下、QX3.3)が現役なのである。が、このソフトは当然OSXでは動作しない。現行のMacOSの最新バージョンは「10.3.4」なのだが、QX3.3が動作するのは「MacOS
9.0.4」までである。アップルはすでに「9」以前のOSのサポートを事実上中止しているにも拘わらず、われわれはこの10年前の遺産と付き合っていかねばならないのだ。
もちろん、米Quark社とて手をこまねいていたわけではない。QXは4、4.1、5(日本語版未発売)、6(日本語版が今秋にも発売予定)とバージョンアップを繰り返しているのだがどうにも売れないのである。それはなぜか。まず第一に価格の問題があげられる。QXというのは一本28万円もする超弩級高級ソフトである。あんなシンプルな画面にシンプルな操作性―単にレイアウトをするだけのソフトなのに何でそんなに高いのかという疑問は当然生じてくるわけなのだが、これはオトナの事情というやつなのであろう。で、こういうソフトは印刷所も制作側も同じものを持っていないと話にならないから、水が低きに流れるように安い側、古い側に流れていってしまうというわけである。新しいソフトの方が様々な面ですぐれているにも拘わらず、この価格が乗り換えを妨げたというのは動かしがたい事実であろう。また、QX3.3と4.1の互換性の悪さも見逃せない。3.3で作成したドキュメントは4でも開けるのだが、4のドキュメントを3.3で開くといきなりアラートが出て終了。また、4で「3.3形式」の保存も出来るのだが、たまにレイアウトやフォントが崩れるときがあるので実用にはほど遠いものなのだ。いよいよ今秋にもOSX対応、6日本語版が出るとはアナウンスされているが、これはこれでまた別の問題を提起するだろう。
それはフォントの問題である。MacOSはその時代時代によってフォントの形式を変えてきたのだが、まあ平たく言えば「OS9以前と以後ではフォントの形式が全く異なる」という問題である。一般ユーザーが使う10書体1万円のような廉価なフォントとは違い、印刷用にはそれ相応のフォントが必要なのであるが、これもまた驚くほど高いのだ。一書体数万から数十万円。これを印刷所・制作側双方が新規に負担しなければならないのだからまったく気が遠くなる話である。業界が連携してこれを一斉に入れ替えることは容易ではない。「自分の会社はカネがあるから・・・」といっても、共同作業するパートナーがそれを導入できなければ無用の長物になってしまうのである。
また、この問題はQXのみにとどまらない。印刷用三種の神器―QX、アドビフォトショップ、アドビイラストレーター―のうち、フォトショップ(以下、PS)、イラストレーター(以下、IL)にもこの互換性問題があるのだ。PS、ILともに最新バージョンはすでにOSXでしか動作しないようになっているので、業界ではPSバージョン6、ILバージョン8が事実上のデファクトスタンダードになっている。PSとILはバージョンアップの度に魅力的な機能が付加され、またハードウェアに対する要求水準も高まっているのだが、QXを走らせるためのマシンではこれらの新PS、新ILは使うことが出来ないのだ。また、QXと同様にこれらも10万円級のソフトであるため、中小企業にとっては「1台1ライセンス」などというきれい事は言っていられなくなるのである。またそれは、QX6と新フォントでOSXに移行と意気込んだところで、それらのソフトもまた同時に入れ替えなければならないということを意味する。まだまだ、最新バージョンのILのデータを渡すことは暴挙に近いのだ。そんなもの業界人は誰も使っていない。
形あるものいつかは滅ぶ。が、恐らくわれわれの業界は、今稼働しているMacがすり減ってなくならないかぎり新OSや新CPUの恩恵にあずかることはないだろう。アップル社はOS9が稼働するマシンを漸減させる政策を取っている。実際、最新のPowerMacG5やPowerBook、iBookではOS9での起動はできなくなってしまった(エミュレータでOS9を走らせることは出来るが、そんなおっかない状態で仕事は出来ない)。つまり現行のマシンで出版の用途に使えるのはPowerMacG4のみなのである。これが生産中止になり、業界にある旧式マシンの耐用年数が来た時点になってようやく出版業界は新時代を迎えるのである。その時にはきっと移行しきれずに廃業する会社が続出するだろう・・・。もしくは安価なDOS/Vマシンの天下がやって来るか、どちらかだ。一体誰がこんな業界にしてしまったのだろう。
・・・会社でCPU300Mhz、ハードディスク6GBのG3マシンを見ながらこんな事を考えた次第である。
追伸 OSX上で動く組版ソフトとしてはアドビ・インデザインなどがあげられるのだが、これらのシェアはQXに比べて低いのでまださほど騒ぎにはなっていない。もしお使いの方がいらしたら使用感などを教えて頂ければ幸いです。
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