第179回

 

CEOのカメラ思い出話
(8)「ハッセルブラッド500C/M」の巻

 写真を少しかじると、俄然脳裏から離れなくなるカメラがある。ライカに憧れる人もいれば、ニコンの最高級機に血道を上げる人もいる。そもそも写真などに手を染めていなければ全く知らなかったようなブランドをどんどん知るようになり、世界にはこんなにも沢山のカメラがあったのかという事を改めて知る事となる。そうした、少しマイナーだけれど通にはたまらないカメラというのは幾つか在るが、今回はそんな中から北欧スウェーデン生まれの「ハッセルブラッド」の話をしてみようと思う。

 スウェーデン・・・森林、ボルボ、そしてABBAの国。あるいはサウナやらハードコアポルノを思い浮かべる御仁もあるだろう。しかしカメラ好きにとっては他ならぬ精密6×6判カメラ・ハッセルブラッドの邦なのだ。普段は縁遠いスウェーデンの工業製品に触れるという喜び。そして唯一無二の存在感を放つそのカメラは少し高い価格も相まってプロ御用達・そしてマニア垂涎の品となっているのだ。

 このシリーズで何度もお話ししている通り、このカメラもまた中判カメラ、その中でも中判1眼レフというカテゴリーのカメラである。復習になるが、中判カメラというのは135判(いわゆる普通のカメラ)と比べて圧倒的なフィルム面積を持ち、その画質の良さからプロやハイアマチュアに繁用されるカメラである。そうした理由から価格も重量も全然桁違いとなるのだ。まあ一般の皆様には「モノスゴク高い、けど見た目も画質も最強、だけど国産カメラでも何とかなる」カメラだという認識で宜しいのではないかと思う。まず普通に生きていれば知る必要もないし、知ったところで煩悩となるだけのカメラだ。

 さて、こんな俺もこのハッセルの魅力にヤラレてしまった1人なのである。高校生の時分から当然その存在は「脳裏から離れなく」なっていたし、大学に入ってみればバイトの現場でしょっちゅう見かけ、また同級生もこぞって手に入れようとしていたものである。流石に大学1年の頃には殆ど持っている輩は居なかったのだけれど、2年、3年と学年が進むにつれ周囲のハッセル度は高まっていったのであった。しかしながら新品(ボディー・マガジン・標準レンズ付き)で40万円近くするそのカメラを、俺を含めて多くの人々は指をくわえて見送っていたという次第。もちろん平気な顔して新品を買ってた輩も居るわけなんだけれど・・・。

 しかし、そんなある日、俺は格安のハッセルと出会ってしまったのである。あれは確か大学1〜2年生の時分だったから18か19の頃か。俺は当時日参(というほどでもないが)していた新宿の「カメラのきむら」のショーケースの中にそれを見てしまったのである。まごうことなきハッセルブラッド500C/M、12万円。俺は本当に我が目を疑った。普通ならば中古でも20万円はするそのカメラがレンズ付きで10万円台前半の値札を付けているのを見るのは後にも先にもそれが初めてだった。で、俺は激しく動揺した。今も昔も金欠の代名詞的存在な俺。しかしその当時は何故か「自動車教習所に行く」という名目で12万円余りの現金を持っていたのである。俺は3年分の逡巡を小一時間で行うような苦悩に苛まれた。


 ・・・果たして俺はハッセルオーナーとなってしまった。12万円の使い道を親に説明した時には激しく叱責され、運転免許の取得が24の歳にまで延びてしまったという犠牲は払ったが、勝てば官軍負ければ賊軍、とにかく手に入れた者勝ちだと当時は思ったのである。

 その500C/M、確かに12万円だなと思わされる部分も多々あったのである。まず付いていたプラナー80ミリは「CF」レンズではなく「C」レンズ、アルミムクの手触りが固まったグリスと相まって指にとても痛く長時間の使用には堪えなかったし、何より肝を冷やしたのは無限大のピントが怪しいという事だった。絞り込めば大丈夫なのだが開放だと「?」・・・。それからピントグラスのフレネルレンズの溝が無骨な大きさで細かい物にピントが合わせずらい。こんな話をしていると「件のマミヤプレスの再来か−?」と思われる方もあるだろうが、当時はハッセルをかばう気持ちからそうした欠点には目をつぶっていたのだ。今にして思えばそのハッセルもマミヤプレスも同じB級品だったと笑顔で言えるわけなのだが・・・。

 そもそも無限大が合わないカメラというのは何かが曲がっているか、ボディーに大きな衝撃を受けたかのどちらかなのである。レンズの後端とフィルム表面の距離というのは厳密に決められており、これが狂うと無限大にピントが合わなくなったり画面の端と端でピントの合う位置が違うという現象が起きるわけで、その事については当時の俺も重々認識していた。しかし修理に出す金もなく日々硬いピントリングに指を痛めていたという次第。その激重のピントリングについてもグリス量の調整で何とかなるという事は知っていたのだが、それだけで数万円という価格になるために「当然」放っておいたのだ。

 まあそんな感じのカメラだったから、実戦でガンガン使うというよりはカメラバッグにしのばせておいてその存在感を楽しむという用途になっていってしまったのだった。当然写真は撮ったけれど、心の何処かに「ピントの怪しいカメラ」という意識があったのでカールツァイスレンズの描写を楽しむとかそういう心境にはなれなかったのは残念だ。安物買いの銭失い、再び。それでもその重量感には12万円以上の価値があった、とは、言えるだろう・・・。でもやっぱり何だか心のささくれに触れるような写りだったな、と・・・。

 で、お約束通り、このハッセルもレンズシャッター周りの不調が原因でオシャカになってしまったのだ。ある日、カメラバッグから取り出してクランクレバーを回し、引き蓋を引いてシャッターボタンを押してみると・・・切れない。レンズを外して付け直してみても・・・切れない。あらゆる手を尽くしてもダメ。購入後僅か半年で俺はスウェーデン美女に振られてしまったという訳だった。

 修理の見積もりを出す気にもならなかった俺は、翌日にはその故障した500C/Mを銀座のカメラ店で買い取らせ、差額が出ない中判カメラと言う事でローライフレックスとそのまま取り替えてしまったのだ。すぐに中判を使う用事があったと言う事もあるけれど、壊れたカメラを手許に置いておくと何だか自分まで具合が悪くなってしまうような気がしたからである。それにしても、ハッセルのブランド力はやはり凄いと言わざるを得ないだろう。あんな状態のものでも6万8千円で引き取ってくれるなんて・・・。他の国産カメラではこうは行かないだろうと思うのだ。

 それ以来、俺は仕事以外ではハッセルを手にしていない。先に「煩悩の元になる」と書いたけれど、ただでさえ煩悩だらけの俺が近づいたら必ず火傷を負う、そんな気がしてならないのである。外車や洋時計と同じできちんとメンテナンスの費用まで考えて購入しないと痛い目に遭う。特に中古は。そんなわけで皆様もお気を付け遊ばせ・・・。

(どんな形のカメラか気になる方はhttp://www.hasselblad.com/まで。新しいカメラばかり載っているけれど、格好としてはトップページにあるものと殆ど変わらない)

思い出しSPEC
(思い出すまま書いております。実際と異なる場合もありますので鵜呑みにしないようご注意下さい)
メーカー      ハッセルブラッド社(スウェーデン)
形式        6×6判レンズシャッター式一眼レフカメラ
装着していたレンズ カールツァイス プラナー 80ミリ F2.8(Cタイプ)
シャッター     B〜1/500秒
露出モード     Mのみ
電源        なし
その他       まあ何だかんだ言っても形にヤラレて買う人が多いのだと思う。
          重い重いと言っても国産同クラスよりは軽量コンパクトで、
          プロは本当に替えボディーを何台も持っていたりする。
          フィルムマガジンの脱着は楽なのだが、フィルム交換はかなりの
          熟練を必要とする、アシスタント泣かせのカメラだ。
          それからシャッターがチャージされていないとレンズを付け直す
          ことも出来ないしな・・・。 10円玉をカメラバッグに忍ばせる
          のがハッセル使いの粋。


 



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