第176回
CEOのカメラ思い出話 (5)「マミヤプレス」の巻 俺を表現するのにもっとも適切な言葉、それは即ち「安物買いの銭失い」、コレである。とりあえず何か欲しいと思ったらすぐに手に入れないと辛抱たまらず、とりあえず目の前にあって、自分の予算内にあるものだったら程度不問で何でも買ってしまうというタチの俺は、このカメラを含めて結構バカな買い物をしてきたものだ。ウエストレベルしか使えない645判1眼レフ(この不便さ、分かる人には分かって貰える筈)しかり、あまりの安さに飛びついたはいいが半年で壊れたハッセルブラッド500C/Mしかり、少し我慢して金を貯めればマシなモノが買えたのに・・・という経験は枚挙にいとまがない。 で、このマミヤプレス。正確にはマミヤプレスsといって、レンズ交換機構やアオリ機構がない廉価版の6×9サイズレンジファインダーカメラなのであるが、こいつにもまた泣かされたものだ。 別な稿にもこのカメラの話は書いたのだが、こいつは俺が高校2年の冬に、郵便局でアルバイトをして買ったのである。初労働で初カメラ。いい響きではないか。で、当時どうしても中判カメラが欲しくて欲しくて欲しまって仕方がなかった俺は、新宿のアルプス堂で2万5千円で売られていたこのプレスを買ったのであった。その後の苦労も知らずに・・・。大体今考えても安すぎる。 中判カメラというのはいわゆる普通のカメラとは違い、6センチ幅の大きなロールフィルムを使うカメラのことである。この大きさに何の意味があるのかと言えば、ズバリ写真を引き伸ばしたときの画質が決定的に違う。普通のカメラのネガのサイズが24×36ミリなのに対して、このプレスが持つネガのサイズは約60×90ミリ。面積で言えば前者は8.64平方センチなのに対して後者は54平方センチ。何と6.25倍の面積差があるのだ。これをデジカメ風に言えば「画素数」が断然違うわけだ。(130万画素×6.25倍=812万画素・・・?まあこの位の違いがあるのだと思って戴きたい)この種のカメラが大人数の集合写真や商品撮影に使われるのも当然の理だろう。普通のカメラで50人程度の集合写真を撮って6つ切りに伸ばしたりすると顔が判別しづらくなるものだが、中判で撮ればそういう問題はほぼ無くなる。学校の卒業アルバムやら観光地・結婚式場では必ずと言っていいほど(このマミヤに限らず)使われているので、意識していようがいまいが読者の皆様も一度は中判カメラで撮影されているのだ。必ず。 かくして超高画質なカメラを意気揚々と使い始めた俺なのだったが、さっそくいくつかの問題に遭遇したのだった。まずファインダーが曇りぎみですこぶる見づらい上に、距離計も結構曖昧。まあ中判カメラなので仕方がないのだが相当絞らないと人物写真なぞ夢のまた夢だった。当時の俺は学校でスナップ風のポートレートを撮るのに凝っていたのだが、ピントを合わせるのに苦労し、さらに室内ではまるで(フラッシュを使えば別だが)使えず、結局35ミリ判カメラで撮った方が多かったという話。しかもファインダーの視野率もいくつだか不知なのだが要らない部分がバシバシ写る。まあネガが大きいからトリミングしても余裕なんだけれど。 そして決定的にダメだったのはシャッター/絞り関係。古いレンズシャッターにありがちな現象なのだが、グリスが固まって動きが悪くなっていたのだ。絞り羽根は贅沢に結構な枚数が奢られていたのだけれど、これをいったん開放にして戻す時がまさにささくれを剥がすような痛さ。「ムニュ」っと絞り羽根が曲がりながらものすごい抵抗と共に動くのだ。円形であるはずの絞り形状もその時その時によって微妙に形が変わるし、寒い時には絞りが全く動かないなどという事もあった。要はだましだまし、前後にじわじわと動かしてやらないと希望の絞り値にならないのであった。それからシャッター。1秒から1/500秒までの目盛りが振られていたのだが、これの低速側が超危険。1秒はその時その時の機嫌で2秒とかになっていたし、1/8秒も結構怪しかった。まあ黒白フィルムでしか撮らなかったからいいようなものの、すこぶる精神衛生上宜しくない状態だったことは間違いない。皆様ももし旧いレンズシャッターのカメラを買うようなことがあれば、その場で思いっきり絞りを動かしてみることを強くお奨めしたい。シャッターをバルブにした状態のまま絞りの動きをチェックしておくのだ。それから低速シャッターの動きと音も必ずチェックしたい。シャッター作動中の「ジー」という音のペースが途中で変わるカメラや、どう見ても1秒が1秒でないカメラなどは論外である。 まあいくら悪口を言ってもその当時の俺にとってこれほどイバリの利くカメラはこれ以外になかったから、結構色々な所に持ち出したものだ。高校写真部内での評判も上々。街頭スナップに持ち出して、肩から提げていたら子供の頭にぶつけて怒られたり、三脚に載せて風景写真を撮ったり、またフラッシュを無理矢理装着してスナップを撮ったり・・・重さ2キロ以上の(と思われる)、あんなゴツイカメラをブンブン振り回せたのもまた若さ、ではあった。それよりも何よりも、こんな状態のカメラを何も確かめずに買って、それなりに楽しめたのもまたまた若さかと・・・。これが安物買い人生の始まり。 プレスとは2年くらい付き合って、大学1年の時に大学の同級生に8000円だか10000円だかで売却してしまった。今思えば少し高かったかとも思うが、その彼も今や大出版社のカメラマン、決して暴利を貪ったとは言えないと思うのだが如何だろうか。何しろタマ数の少なそうなカメラである。もし中古店店頭で見かけたら、それは俺が握っていたカメラかも知れない・・・。またどこかで出会えるような、そんな気がしている。 ・思い出しSPEC (思い出すまま書いております。実際と異なる場合もありますので鵜呑みにしないようご注意下さい) メーカー マミヤ光機(現・マミヤ・オーピー) 形式 中判レンジファインダーカメラ(画面サイズはフィルムバックに依存・筆者は6×9バックを使用) 装着していたレンズ MAMIYA COLOR SEKOR 105mm F3.5(固定式) シャッター B〜1/500秒 露出モード Mのみ 電源 なし その他 ハンドグリップが左右に付け替えられたのがおしゃれ。 オプションで各種サイズ用フィルムバックあり。(ポラも使えるらしい) 別売りピントグラスでビューカメラ的な使い方も出来た。 |