第132回

 昨年の今頃に俺は草刈りの仕事に従事している、という話を書いたものだが、俺は今、その続編としてトイレ清掃の仕事に従事している。年輩の方々を使って今度は週二回、学校のトイレを清掃して廻るある役所の事業に携わっているのだ。草刈りと今度のトイレ清掃の間にもいくつかのお役所仕事があり、俺はその度に年輩の皆さん(通称「若林組」と言われてますが(^_^)ずーっと同じメンツなのだ)と一緒に某国(日本だけどな)の機関の研修所の寮を掃除したり某港区で取り壊された機関の建物の守衛をしたりしてきたわけだが、今度のトイレ清掃はいささか勝手が違うのだ。

 今までのトイレ清掃と言えば素人の皆さんがどうしても落としきれない黄ばみや尿石(尿の中に含まれるカルシウム分が配管内に沈着した物。朝顔の目皿を開けてみれば容易にご覧になれます(-_-;))を意地でも落とすと言う事で超強力な酸剤(希塩酸)を使ってきたのだけれども、これの現場ははっきり言って修羅場になるのだ。フタを開けただけで発煙するそれを、ただでさえ狭くて換気の悪いトイレの中で各便器の中に多量に注ぎ込む仕事。さらにそれでも落ちきらない汚れは結局紙ヤスリやらケレン棒で削り取らねばならず、むせるわかぶれるわの大騒ぎ。それでも作業の皆さんはこれを当然のこととして平然と行ってくれるから素晴らしい忍耐力だと思うのだ。俺はどちらかといえば監督職なので、現場には出ているけれどもその辺の苦労はあまり実感していないので・・・。

 さて、そんな生き馬の目を抜くトイレ清掃業界で、ちょっとウサンクサイけれど革新的な方法が俺の居る会社に紹介されたのは今年8月の事だった。先述した尿石や黄ばみなどの原因になる汚れをバクテリアの力によって分解しようとするものなのだが、何とこれは1週間に1回便器や床に撒くだけで臭いが消え、尿石が軟化するのだという。この製品を必ず使え、という入札説明書を受け取った瞬間から近隣の業者には戦慄が走ったね。何しろ誰もこのような物は使った事がなかったし、この製品を使わせるように仕組んだのは埼玉県内の入札なのに都内の業者(それさえ初めは分からなかった)。「一体何処で手に入るのか」「値段が分からないから見積もりが出来ない」「八百長だ」との非難が渦巻く中で、俺は販売元を突き止め、その都内の業者の名前も突き止めて適正な価格を算出してみせたのである。これもひとえにインターネットのお陰なのである。若輩者にも情報の力を与えてくれるインターネットに乾杯だ。で、結局そのおこぼれが俺のいる会社に廻ってきたというわけ。

 そうした製剤を使うのは誰しも初めてだし、その発注元たる市も未経験だったのでその事業はあくまで「調査」という名目で始まった訳なんだけれども、その内容がまた驚きなのである。曰く、「月に三回その対象となる全ての学校に通って作業をし、なおかつ作業対象となる各学校2器の便器の写真を作業前・作業後に撮影して月ごとに提出する事」とある。週に20枚、月に60枚の便器写真の撮影を俺はその瞬間に命じられた訳なのだ。

 思えばこの職に就いてからというもの、写真学科卒業と言う事で数々の現場写真を任されてきたこの俺。便器は勿論の事、床、ガラス、草刈り後の地面に至るまでに過剰サービスとも言えるテクを追求した写真を提供してきたのだが、今回の便器写真はかなり辛い。上記の仕様書に「配管内の状況が分かる写真・・・」という1節が加えられていたからだ。普通の便器写真であれば便器の表面のきれいさが分かれば良いのだが、今回は目皿とトラップ蓋を外してその穴の中を接写しなければならないのだ。その為に俺は事業が始まるまでに数度にわたって役人との打ち合わせをしなければならなかったくらいなのである。ご想像の通り、役所に提出する現場写真には「日時・箇所・施工前施工後・会社名」が入っていなければならないのだが、あの便器の排水孔とその必要事項を記したボードを一緒に写すためにはそのボードを20×10センチ四方に作らなければならなかったし、穴の中は当然暗くなるので懐中電灯で照らしたり、照らしたはいいが部屋の蛍光灯を消し忘れたためにとんでもない色(懐中電灯のタングステン色と窓から入ってくる自然光、そして蛍光灯の輝線のある色がミックスされてミニラボ屋さん大騒ぎ)に写ってしまったりとそれはそれは大騒ぎを巻き起こしたのである。また現場が始まってからも、より穴に近づくために三脚の雲台をエレベーターの下端に装着したり、そうしたもののカメラが完全に便器の中に入ってしまって、そのままファインダーを覗いたら便器の壁(朝顔の尿が引っかかる部分)に頭を激突させたりと、それはもう好きじゃなければやってられない苦行の中に俺は今居るのである。

 それでもまあ、次第に排水孔がきれいになって行く過程が写真で分かるのは楽しいものではある。人が本当に実用的と思える写真は気持ちがいい。例えそれが誰にも認められなくても。ハロゲン化銀の有効利用だ。

 ・・・今回のコラムは、昨日のべんしゃあ殿の掲示板への書き込みを読んで触発されて書いてみた次第。世の中には便器で食っている人がいる。その当たり前のようで不思議なお話。べんしゃあ殿に乾杯だ。

  


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